2009年7月8日水曜日

名台詞:関の弥太っぺ

*ガキのころ、映画や芝居の台詞を覚えるのが好きだった。「瞼の母」「一本刀土俵入り」のあとは、「関の弥太っぺ」とする。長谷川伸戯曲シリーズである。

この娑婆には辛い事、
悲しい事がたくさんある。
忘れるこった。
忘れて明日になれば・・・。
(空を見上げて)ああ、明日は晴れだなぁ。

1963年(昭和38年)の東映作品、中村錦之助(後の萬屋錦之介)の「関の弥太っぺ」を観た。錦之助のオーラが映画館を包んでいた。瞳がキラキラ輝いていた。それほどに勢いのある芝居だった。監督は山下耕作で、日本映画の傑作といわれる。

 生き別れた妹を探す旅人、関本の弥太郎、通称「関の弥太っぺ」は、川にはまった少女お小夜を助ける。お小夜は父親和吉と旅をしていた。その和吉が金の諍いから箱田の森介に斬られる。いまわの際に和吉からお小夜を宿場の旅籠、沢井屋に送り届けることを頼まれる弥太郎。父親の死を知らないお小夜に、語りかける弥太郎の台詞が、「この娑婆には辛い事―」である。
 お小夜を無事送り届けた弥太郎は、名も告げず旅立つ。
 探していた妹は死んだことを知った弥太郎は生きる目的を失う。
 それから10年。弥太郎の風貌は一変していた。助っ人稼業に心は荒んでいた。出入りで出会った旧知の田毎の才兵衛から、お小夜とその家族が恩人である旅人を探していると聞く。
 10年ぶりに再会する弥太郎とお小夜。だが、お小夜は弥太郎に気づかない。別れ際、「この娑婆には辛い事―」とあの台詞が再び弥太郎から語られる。すべてを悟ったお小夜は弥太郎のあとを追う――。
 名台詞が物語のキーワードになっているのだ。

 お小夜に十朱幸代、箱田の森介に木村功、田毎の才兵衛に月形龍之介、堺の和吉に大坂志郎が扮した。男の身勝手さを演じた木村功の演技が絶妙だったと、記憶している。

×  ×  ×
 ちなみに1959年大映で長谷川一夫も「関の弥太ッペ」を演じている。箱田の森介に勝新太郎、お小夜は中村玉緒だった。この映画は残念ながら、観ていない。

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